skouya’s diary

本に関するあらゆること

『20憶人の未来銀行』

本書は、FinTechといった金融系ビジネス書と思いきや、一人の日本人による波乱万丈なノンフィクションノベルという側面ももっている。世界で銀行口座を持たない成人の数は20億人と言われているそうだ。著者が目指すのは、その人達をも巻き込んだ新たなお金の「ものがたり」を創っていくことである。

 

僕らの世代にとっての課題は、「誰もが人生の中で目的(意義)を持てる世界を創り出すこと」なのです。

 

 

これは、フェイスブックCEOであるザッカーバーグハーバード大学でのスピーチで語った言葉である。いまや、自分の人生の目標(意義)を見つけるだけでは不十分で、多くの人が人生の意義や目的を持てるような世界を作ることが求められている。本書は間違いなく、ザッカーバーグが言うような世界をつくるスケールの大きい話となっている。起業することとは何か、働くこととは何か、悩める日本人に向けたメッセージ性のある本である。

 

本書には、最新のテクノロジーが登場するわけではない。著者自身が語っているように、最先端のテクノジーを扱うのが必ずしもベストではないことが多くある。

 

大事なのは現場の課題を解決するのに現実的に取れる手段として何がふさわしいかということであって、その技術が最先端かどうかというのはあまり関係がありません。途上国ビジネスにおいては、よりその傾向が強くなると言えるでしょう。

 

 

日本植物燃料という会社で代表を務める著者が、電気すらないアフリカの辺境の地で電子マネー経済圏をつくった。金融の専門家でもない素人が、それを成し遂げるにいたったその構想力および思考の柔軟性が本書の面白さだ。

 

著者が自身のライフミッションとして一貫して持ち続けているのが、「世の中から不条理をなくす」ということである。それは著者が原爆の被害があった長崎で生まれ、そこで過ごした経験からきている。京都大学法学部を中退、その後就職した先で若くして5000万円もの借金を抱えることになり、バイオ燃料の事業を始めれば大失敗を犯し、そして現在の畑違いの金融業に本腰を入れることにしたのも、一貫してこのライフミッションを果たすためであった。

 

そんな著者が考える、現在のお金の「ものがたり」の最大の問題点は、「お金でお金を稼ぐ」ことであり、これは現在の世界では、最早成り立たないシステムなのではないかと指摘する。

 

そこで、著者が提案する「新しい仕組みの銀行」は、預金者へは金利を約束せず、一方で融資を受ける人から複利の貸出金利をとることもしないというもの。詳しくは本書を読んでいただきたいが、著者の挑戦は、世界中の農村や貧困地域に「お金の革命」を起こす新しいFinTechとして、国連にも注目されている。

 

こうした仕組みづくりを構想するにあたり、感嘆するのは、著者がフェリックス・マーティンの『21世紀の貨幣論』、トーマス・セドラチェクの『善と悪の経済学』など、多くの金融や経済の本から丹念に学んでいるということだ。それだけではなく、専門家でもない著者が数々のことを成し遂げられる秘訣を、こう語っている。

 

自分の選択の正しさに常に確信を持っているわけではありませんが、それでもそう間違っていないだろうと思えるのは、やはり「現場で起きていることをつぶさに見ているから」というのが答えになるだろうと思います。答えは全て、現場にあるというのが私の考え。

 

著者は、2016年の世界食料安全保障委員会の会合で、グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌスらと貧困や飢餓について語るなど、紛れもなくこの分野で世界の最先端にいる。同じ日本人として、これほどまでの想像力、行動力をもつ人は数少ない。だからこそ、本書は人ごとではなく、同じ日本人として多くの方に手にとっていただきたい。