skouya’s diary

本に関するあらゆること

『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)』

オートファジーをご存知であろうか。

「自ら(Auto)」を「食べる(Phagy)」というその名の通り、自らの細胞質成分を食べて分解することで、生命活動に欠かせないアミノ酸を得る働きをおこなう細胞内小器官の1つである。

オートファジーは、その働きから、細胞内の「リサイクルシステム」とも言われており、このリサイクル活動から得られるタンパク質量は、食事から得られるタンパク質量よりも3倍近くの量を生成していることから、生命活動において重要な存在である。

 

本書は、そんなオートファジーの研究の最先端を走る著者による、生命科学についての本である。

生命の基本単位は、細胞である。

本書の言葉を借りれば、ウランウータンであろうが、オードリー・ヘップバーンであろうが、生物は皆細胞からできている。

本書は、この細胞の役割にフォーカスし、高校生物で習うような細胞内の生化学的現象から、DNAの働きやタンパク質の生成まで、幅広く解説し、生命科学についてよくわからないという初心者から、セントラルドグマや基本的な細胞の仕組みを理解している生命科学好きまで、多くの読者が楽しめる内容となっている。

そして、本書のメインとなるのが、先述したオートファジーだ。

このオートファジーについては、本書の第4章から第5章にかけて、我々生物の近未来を描く最先端の内容ということで登場する。

オートファジーは、これまで有効な治療法がほとんどないとされてきた、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患に対して、有効な治療法となることが期待されており、さらには、人類が今よりも長寿となる鍵を握る働きをするとして、全世界の研究者の注目を集めている。

 

先ほど、オートファジーが世界で注目される理由として、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患に有効とされているからだと述べた。

では、なぜオートファジーがこうした神経変性疾患に有効とされているのであろうか。

 

アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患は、脳細胞の中にタンパク質の塊ができて、その塊のせいで細胞が死ぬことで起こります。そのタンパク質の塊をオートファジーは狙い撃ちで除去します。

 

オートファジーは、細胞内の清掃作業をおこない、細胞内の恒常性を維持するための重要な働きを担っている。

特に、生まれてから一生入れ替わることがないとされる、神経細胞においては、この働きが重要となってくるようだ。

本書では、このように簡潔かつ明瞭な文章により、瞬く間に読者を科学の世界に引き込んでくれる。

また、感の良い読者であれば、「なぜオートファジーはこうした塊を狙い撃ちできるの?」と疑問に思うだろう。

そう思った読者は、すでに著者が仕掛けた罠に引っかかったようなものだ。

一つの知識が、さらなる疑問を呼び起こし、まさにページをめくる手が止まらない一冊なのだ。

 

本書の中で、おそらく著者が一番伝えたかった内容が、本書の第1章に書かれている内容だ。

第1章は、生命科学の講義ではなくて、「科学的思考を身につける」と題し、不確実性が増す現代において、個人がいかに科学者のように思考することが重要であるかを説いている。

「科学的思考に暗記と数学はいらない」という項目では、著者は以下のように述べている。

 

大事なのはその数式がなぜ、どのようにして考えられたか、です。科学は結果として膨大な知識を生みますが、それが生まれた経緯や考え方の方がずっと重要です。受験勉強が優先される今の教育では、科学の結果は山ほど教えてもらえますが、それらの発見の元になった科学的な考え方についてはちっとも教えてくれません。

 

ここは私としては激しく同意であった。

勉強ができなかった言い訳にはしたくないが、勉強に魅力を感じないのは、そうした過程を重視しない教育スタイルであったからだと、今では思う。

仮説を立てて、検証するという手法は、なにも科学の世界に限った話ではないが、やはり科学とその他ではスケールがまったく異なる。

科学の面白さはそのスケールの大きさにある。

その意味では、生命科学というのは科学的思考を養ういい題材となるはずだ。

生命科学を扱う本書も例外ではない。

 

最後に、本書の著者である吉森保教授について触れておこう。

吉森教授は、ノーベル賞を受賞した大隈良典教授が、国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げた際、助教授として参加し、

その後、哺乳類のオートファジー研究が発展する最初の大きなきっかけとなった、LC3タンパク質を発見した優秀な研究者である。

LC3タンパク質の論文の被引用数は5000を超え、オートファジー分野では世界一位となっている。

そんな世界的な権威である著者であるが、本書での論調は柔らかく、小難しい物言いはまったくない。

本書は、高校生や中学生であっても読破できる。

世代に関係なく、多くの方におすすめの一冊だ。